HAPPY LIFE

幸せに、充実した人生を生きるために

挨拶をすることには

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今日のおやつ。


如月です。

お出かけしているときに通りを歩くと、工事中の箇所というのがあるわけで。


ちょっと道路を掘っていたり
建物の改修か何かをしていたり

そういうところには必ずガードマンさんが立ってますね。


いつの頃からか、私、そのガードマンさんのそばを通るときは必ず

「ご苦労様です(´ー`)」
                           ↑だいたいこんな顔

と挨拶をしています。

なんでやり始めたのか、きっかけはさっぱり覚えていません。
でも、いつも挨拶しながら頭をよぎるのは、

『寒くても暑くてもこうして私のような人のために立ってるのかー』
『仕事といえど、ずっと立ってるって大変だなぁ』
『車とか突っ込んできたら怖いよなぁ』
『何かあったら責任取らなくちゃいけないんだろうか』
『「気をつけてご通行ください」とか言っても、一方通行なコミュニケーションじゃさみしいよな〜。ガードマンさんだっておしゃべりとか、感情の動き欲しいよな〜』
『てか、この距離でガードマン2人は多くね?爆』

などなど。

たぶん、今でも挨拶を続けている理由は、
今の中に出て来る『ガードマンさんだって感情の動き欲しいよな〜』っていうところが、私にとって大きな価値観を表すものだからだと思う。

何かを誰かに向けてやっていたら、
何かしら反応が欲しいよね。

Facebookとかブログとかで、なるべくいいねとかアクセス数とかの「周りからの反応」を増やそうとする動きをしたくなるのと同じだよね。

やっぱり人間である以上は、コミュニケーションというか、言葉のやりとりや、あるいは表情のやりとりだけでも、なにか「相手と通じるもの」が欲しいよね。

そんな私は、今日も、コンビニの店員さんに「どうもー(´ー`)」と、目を合わせて一言発してから店を出るのでした。

【手描き図面の書き起こし】

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如月です。

今日は職場で初めて、
手描き図面を0からCADで書き起こす業務をしています。
(写真はまだまだ修正中ですが、書き起こし中の図です)

書き起こすと言っても、手描きで描いてあることすべてをCADに起こすわけではなく、
今回の工事に必要な線だけ入れるのです。
※描いてあること全てをCADに落としていたら、情報量が多すぎて何日もかかってしまうのです。。。


そうなると、単純作業ではなくなるわけで。
どこからどこまでの長さが必要なのかを見極めねばなりません。

ということは、図面にかかれている寸法が何を表しているのかを詳細に理解する必要があるわけです。

例えば今日は天井の工事のため、天井に関連する寸法を拾って図面を起こしたわけですが、窓のあたりにくると、
・窓ガラスの厚み寸法
・窓ガラスがはまっているサッシの厚み寸法
・その窓枠がはまっている壁の厚み寸法

なんかが書かれているわけです。
めっちゃこんまい字と線で。

こんな図面を手描きしただなんて、本当に見ていて感動します。

話は逸れましたが、そのこんまい寸法のどれを拾うのかが、いろいろ理解できていないとわからないところなんですね。

上司が天井の改修工事用の図面を描くために、その準備段階の図を私が描いているわけですが、上司が何を求めているのかを理解してから作業しないと、「今日」という仕事時間が無駄に終わってしまうわけですね。

そんなわけで、今日も上司に「邪魔しにくんな!笑」と半分追い払われながらも、質問責めに向かう如月でした。

【図面に「だいたい」はない】

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如月です。
CADオペレーターとして図面をいじり始めて

    図面に「だいたい」っていう概念は無いんだな

って思ったんです。
自分の意識とか、値段とか、見た目とか、
なんやかや「だいたいこんなもん」
っていう生き方することが多いんです。
同じようなことありますよね笑

今日のご飯はだいたいこんな感じ。
今月のお小遣いはこんくらい。

驚いたことに、CADの世界にはそれがない。
よく考えてみれば当たり前なんですが、これは経験してみないとなかなかわからないのかもしれない。

CADでは、「モデル空間」という真っ黒な世界に線を引いていきます。
世界を2次元にして、全てをPC画面1つに縮小しておさめてる感じ。

その世界に線があるということは、
そこに出来上がる建物(など)の
何かしらが造られるということ。

幅を持った線があるということは、
その幅を持った何かが造り上げられるということ。


難しいこと言ってますが、
端的に言えば、「嘘をつけない」
あるいは「描けばそれが真実になってしまう」
んです。

例えばこんなことがあったとします。

地図で。
行き先に向けて進んでいたら、地図には
「他と比べて太い道」
が描かれている。
そうしたら「大きい道とぶつかるってことだな」って思いますよね。

でも実際行ってみたら
「あれ?太い道なんて出てこないな・・・」
とか。
そこで聞いてみる。地図を作った人に。
「太い道出てこなかったんですけど・・・」
「あぁ、そこに道があるのはわかってたんだけど幅とかよくわかんなかったから『だいたい』で描いたんだよね」

Σ(´Д`)

描いてあったら信用しますよね。

描く方としても葛藤が有るんです。

有ることはわかってるから描きたい。
でも寸法はわからない。
適当な幅で描いちゃって、その線に他のものの位置を合わせられちゃうと困る。

うーーーーーーーーー

今のところ私が知る最適手段は、
図面に線を入れた上で
「寸法不明 要現場調査」
と書き込むくらいか。



まとめると。

私が今辿り着いているところは
「図面は信用できない」
「現場ありき」
ということ。

そりゃそうだ。
図面は「理想」であり「仮想」でしかないんだから。

それでも、少しでも現場、現実に近い図面を描くことがCADオペレーターの仕事なんだろうな。

レイキとマヤと建築と。

どうも、如月です。

 

私、昔から何かを1つに絞るのが苦手でして。

苦手というか、嫌・・?

 

例えば、外に出かける時には必ず文庫本を持ち歩きます。

カバンが小さい時は仕方なく1冊。

でも2冊入りそうな時は2冊持ちます。

選べないから。。。

 

だって、その時々で読みたい本の気分が変わるから。

 

そんなこんなで今。

マヤ暦セラピーが楽しい。

レイキヒーリングが楽しい。

建築の仕事が楽しい。

 

どれも選び難いなら、みんなやっちゃえ。

 

全部楽しんでやってます。

これからもどんどんやるよー。

 

一番好きなのは

人の輪ができる事、そしてその中にいる事。

信じるか否か 感じられるか否か

実体のない物。

 

なかなか「感じる」ことも難しいもの。

 

「ある」と思えばある。

 

「ないだろ」と思えばない。

 

「ない」と思っていても「変化」はある。感じれば。

 

変化を感じるためには、前後の状態を知覚する必要がある。

 

前後の状態を知覚するためには、自分の様々な状態を知覚する敏感さが必要になる。

 

そんなこんなで、今。

 

 

料理の味は薄くなったし、

 

自分の感情の変化をより客観視するようになったし、

 

アトピーの痒さの変化や、日々の肌の状態を観察したり、

 

体のさまざまな感覚を「意識的に」知覚するようになった。

 

それもこれも

 

「レイキによる変化を感じたい」

「レイキの存在を感じたい」

という肯定的な思いが発端なのかな。

 

最近はデスクワーク中に頭の中が暴れそうになったとき、

よくレイキのお世話になっている。

目を閉じて、呼吸をゆっくり。

そして遠くの宇宙と繋がり、レイキのエネルギーを体に取り入れる意識。

気がつくと頭も心も体も落ち着いている。

 

明日はどんな変化を感じるかな。

建築の世界ってこんなにも奥深いのか

私が建築の世界に身を置き始めて1年。

 

「現場監督」という立場と、「積算」という立場を経験している。

今回はこの「積算」について書いてみようと思う、

 

「積算」という職種についてから3ヶ月だけど、すでに多くを学んだ。

CADで図面をいじったり、見積もりを作ったりするんだけども、

工事で最も重要な事の一つである「仮設図」というのを描く役割も担っている。

 

よく建物の修繕をするために、建物の周りが青いネットで囲われていたりする。

あのネットで囲われているものが「仮設足場」と言われるもの。

あれ、見た目からして「危険」そうだよね。

 

建築とか土木の世界では「いかに事故を起こさずに工事を終えるか」が

とても重要視される。

つまり、事故の起きやすいところはものすごく力を入れて検討するし、

ものすごくお金もかける。

その事故の起きやすいところの1つに「足場」がある。

 

足場とは、職人さんたちが作業のために歩く場所。

(この「職人さん」という人たちにも種類があるんだけど、それはまた今度書こうと思う)

 

私が「積算」担当になって初めてまともにやった仕事が、まさに「足場」の

計画を立てる事。

ぶっちゃけ、初めはその現場担当の現場監督がすべてを決めるのであって、

私は決められた図面を言われたように描くだけだと思っていた。

 

でも違ってた。

 

すべては「積算担当」でも決められることだった。

むしろ、現場監督は他の現場も担当していて忙しいから、積算が計画を立てられるなら

ぜひ代わりに計画してくれ!っていう感じ。

 

最初はそのことがよくわかってなくて、計画がちゃんと決まらないまま放置してしまっていた。そのうちに、

「そういえば、あの足場の計画、まだ決まってないけどどうなったんだろう?最終的には誰が決めるんだろう?」

おずおずと所長らに聞きにいくと、返ってくる言葉はすべてがアドバイス。

つまり。

 

私が決めなきゃいけないのか!!!焦焦焦 Σ(´Д`)

2週間も放置しちゃった。

どうしよう。

時間がない。

現場をもう一度見に行かなきゃ。

足場屋さん呼んで一緒に行かなきゃ。

現場に入れてもらえるように手配しなきゃ。

図面も描かなきゃいけないし、っていうかこの計画が決まらないと見積書が作れないし、見積書が作れなかったら契約できないし、このままじゃ契約が間に合わないし!!!

あーーーーーー!!!!!!!

 

ってなったのが、見積書提出期限の2週間前。

なにせ初めての案件だったからさ。全然わからなくってさ(ブツブツ)

 

でもね、私はとても恵まれていて。

所長は優しくアドバイスしてくれるし、下請け業者さんたちも忙しい中なんとか時間空けてくれるし、私のド素人むきだしな質問にも丁寧に答えてくれるし。

 

おかげで、とても危険な場所への足場のかけ方について、よりよい計画を立てる事ができた。考えれば本当にいろんな案があって、まさに「正解はない」ことを学んだ。

 

例えば。

職人さんが作業のために歩くなら、足場の幅は広い方が安全だよね。

でもただただ幅を広げればいいというのでもなくて。

足場を大きくするには、そのための部材(単管や板など、足場となる道具たちのこと)も大きくしなければいけない。

すると、その道具を運ぶのが大変になる。

足場を作るのはロボットじゃなくて「鳶(とび)さん」という人たちだから、足場の高さが高くなればなるほど、その部材を運ぶのも大変。大変という事はそれだけ危険も増える。

だから、あえて足場の幅を狭くしてでも運びやすさを選ぶ事もある。

 

お金と安全と時間と労力と。

 

いろんなものを天秤にかけた上で現実的なところを探りながら最善案を決めていく。

まさにプロが自身の持ち得る知識と経験を総動員して意見をぶつける。

 

その過程の楽しさが、初めてわかったときだった。

建築の世界ってこんなにも奥深いのか

私が建築の世界に身を置き始めて1年。

 

「現場監督」という立場と、「積算」という立場を経験している。

今回はこの「積算」について書いてみようと思う、

 

「積算」という職種についてから3ヶ月だけど、すでに多くを学んだ。

CADで図面をいじったり、見積もりを作ったりするんだけども、

工事で最も重要な事の一つである「仮設図」というのを描く役割も担っている。

 

よく建物の修繕をするために、建物の周りが青いネットで囲われていたりする。

あのネットで囲われているものが「仮設足場」と言われるもの。

あれ、見た目からして「危険」そうだよね。

 

建築とか土木の世界では「いかに事故を起こさずに工事を終えるか」が

とても重要視される。

つまり、事故の起きやすいところはものすごく力を入れて検討するし、

ものすごくお金もかける。

その事故の起きやすいところの1つに「足場」がある。

 

足場とは、職人さんたちが作業のために歩く場所。

(この「職人さん」という人たちにも種類があるんだけど、それはまた今度書こうと思う)

 

私が「積算」担当になって初めてまともにやった仕事が、まさに「足場」の

計画を立てる事。

ぶっちゃけ、初めはその現場担当の現場監督がすべてを決めるのであって、

私は決められた図面を言われたように描くだけだと思っていた。

 

でも違ってた。

 

すべては「積算担当」でも決められることだった。

むしろ、現場監督は他の現場も担当していて忙しいから、積算が計画を立てられるなら

ぜひ代わりに計画してくれ!っていう感じ。

 

最初はそのことがよくわかってなくて、計画がちゃんと決まらないまま放置してしまっていた。そのうちに、

「そういえば、あの足場の計画、まだ決まってないけどどうなったんだろう?最終的には誰が決めるんだろう?」

おずおずと所長らに聞きにいくと、返ってくる言葉はすべてがアドバイス。

つまり。

 

私が決めなきゃいけないのか!!!焦焦焦 Σ(´Д`)

2週間も放置しちゃった。

どうしよう。

時間がない。

現場をもう一度見に行かなきゃ。

足場屋さん呼んで一緒に行かなきゃ。

現場に入れてもらえるように手配しなきゃ。

図面も描かなきゃいけないし、っていうかこの計画が決まらないと見積書が作れないし、見積書が作れなかったら契約できないし、このままじゃ契約が間に合わないし!!!

あーーーーーー!!!!!!!

 

ってなったのが、見積書提出期限の2週間前。

なにせ初めての案件だったからさ。全然わからなくってさ(ブツブツ)

 

でもね、私はとても恵まれていて。

所長は優しくアドバイスしてくれるし、下請け業者さんたちも忙しい中なんとか時間空けてくれるし、私のド素人むきだしな質問にも丁寧に答えてくれるし。

 

おかげで、とても危険な場所への足場のかけ方について、よりよい計画を立てる事ができた。考えれば本当にいろんな案があって、まさに「正解はない」ことを学んだ。

 

例えば。

職人さんが作業のために歩くなら、足場の幅は広い方が安全だよね。

でもただただ幅を広げればいいというのでもなくて。

足場を大きくするには、そのための部材(単管や板など、足場となる道具たちのこと)も大きくしなければいけない。

すると、その道具を運ぶのが大変になる。

足場を作るのはロボットじゃなくて「鳶(とび)さん」という人たちだから、足場の高さが高くなればなるほど、その部材を運ぶのも大変。大変という事はそれだけ危険も増える。

だから、あえて足場の幅を狭くしてでも運びやすさを選ぶ事もある。

 

お金と安全と時間と労力と。

 

いろんなものを天秤にかけた上で現実的なところを探りながら最善案を決めていく。

まさにプロが自身の持ち得る知識と経験を総動員して意見をぶつける。

 

その過程の楽しさが、初めてわかったときだった。